大學憲章?理念等

法政大學憲章、ミッション?ビジョン、理念?目的

大學憲章?理念等

法政大學憲章

「法政大學憲章」制定の趣旨

大學進學者の七割強を教育する日本の私立大學は、社會における重要な責任を擔ってきた。
大きな変化と流動化の時代を迎え、政府や社會は私立大學に対し、教育の內容と質についてさまざまな要請をする時代となった。

このような狀況のなか、外部からの要請をただ退けることも、またそれにとらわれることもなく、また內部における矛盾から目をそむけることもなく、法政大學がその原點と方向性を見失わず、大學に集う全ての人々とともに、教育と研究の理想を創造的に追求し、社會的責任を果たしていくために、ここに法政大學憲章を制定することとした。

2016年4月1日

法政大學のミッション

ミッション1

本學の使命は、建學以來培われてきた「自由と進歩」の精神と公正な判斷力をもって、主體的、自立的かつ創造的に、新しい時代を構築する市民を育てることである。

ミッション2

本學の使命は、學問の自由に基づき、真理の探究と「進取の気象」によって、學術の発展に寄與することである。

ミッション3

本學の使命は、激動する21世紀の多様な課題を解決し、「持続可能な地球社會の構築」に貢獻することである。

法政大學の歴史とミッション

法政大學の歴史は、1880(明治13)年4月に設立された「東京法學社」に始まった。この年は、憲政史上に重要な地位を占める國會期成同盟が結成され、國會開設上願書が太政官に提出されるなど、自由民権運動の全國的な高揚期に當たっていた。法制史上でも、近代的法制の整備が緒につきはじめた年であった。
東京法學社は、このような時代背景の中で、代言業務と法學教育の必要に応えるため、フランス法學の流れをくむ、いずれも20代であった金丸鉄(1852-1909)、伊藤修(1855-1920)、薩埵(さつた)正邦(1856-1897)らの法律家によって、東京神田?駿河臺北甲賀町に設立された。薩埵が、法典編纂のため日本政府に招かれていたフランス人の司法省法學校教師ギュスターヴ?エミール?ボアソナード?ドュ?フォンタラビー(ボアソナード博士)から直接の指導を受けていたことから、博士は東京法學社から東京法學校が分離獨立したときに教頭に就任し、12年間にわたり、無報酬で本學の基礎固めに精魂を傾けた。そのことから、法政大學はフランス自然法的な近代法の基本理念をもち続け、それが「自由と進歩」の學風をつくりあげたのである。
1890(明治23)年1月には「校外生」制度が開設された。講義録による法律學の通信教育である。これは大きな反響を呼び、第3期生を募集する1893(明治26)年頃には學生數が8,000人を超えるほどであった。校外生制度はその後も続き、戦後の1947(昭和22)年には、日本で最初の大學通信教育課程が、通信教育部として開設されたのである。
1903(明治36)年の専門學校令の公布に伴い、法政大學と校名を改めた。この時に総理(現在の総長)に就任したのが、梅謙次郎博士であった。
このように、法政大學の基盤は、萬民の自由と権利を理想とする法學であった。
1904(明治37)年には清國留學生法政速成科が開設された。清國からの留學生は、自らの國の未來を真剣に考えるために留學することで法學や政治學を學び、卒業生たちは帰國後、新しい中國建設に盡力した。その歴史的評価にはさまざまな視野からの議論が必要だが、法政大學の「國際交流」の源の一つは、ここにある。
1920(大正9)年、法政大學は大學令(舊制)による認可を受け、総合大學として新たなスタートを切り、法學部法律學科?政治學科、経済學部経済學科?商業學科、大學予科および各學部研究科が設けられた。予科には野上豊一郎、森田米松(草平)、安倍能成、內田栄造(百閒)ら、夏目漱石門下の逸材が名を連ねた。翌1922(大正11)年には、法學部を法文學部に改組し、文學科と哲學科が新たに加えられた。
1931(昭和6)年1月には、佐藤春夫の詞による校歌が制定された。校歌にある「よき師よき友つどひ結べり」「進取の気象、質実の風」「青年日本の代表者」という言葉は、當時の法政大學の特徴を言い表しており、その後、受け継がれて行く。法政大學航空研究會(後の航空部)「青年日本號」による訪歐飛行の成功は、これらの言葉の象徴的な出來事であった。
しかし、1943(昭和18)年以降、學徒出陣によって、陸海軍合わせて約10萬の學徒兵が戦地に赴くことになった。出陣した法大生は約3,500人、約600人の戦沒がここまでに確認できた。「學徒出陣五十年」の年である1993(平成5)年、阿利莫二総長は、かつての大學が出陣學徒を歓呼の聲で送り出したことについて反省する共同聲明を発表するよう全國私立大學の學長?総長に働きかけ、同年、全國270校の全國私立大學の學長?総長は、「有為の若人たちを過酷な運命にゆだねるほかなかったことに、深い胸の痛みを覚える」とする共同聲明を発表した。
戦後、大內兵衞総長が就任した翌年の1951(昭和26)年に法政大學は學校法人となった。この発展期を支えた大內が指針として與えた言葉として、「獨立自由な人格」を作ることと「空理を語らず、日本人の社會生活の向上発展のために、たとえ一石一木でも必ず加えるような有用な人物」を作ること、が殘されている。
1960年代以降、法政大學は他大學とともに、その存在理由を問われることとなった。その時代を擔った中村哲総長は、學生自治の重要性を明言した上で、むしろそれが空洞化していく狀況を憂い、暴力による學內の腐敗に立ち向かった。また大學に対するさまざまな規制の中で本學が発展するために、全學移転を視野に入れ、多摩キャンパスの開発が行われ、二學部が移転を決斷した。
二學部の多摩移転によって、法政大學は校地、學部數、學生數、教員數の拡大が可能になり、2000年前後から清成忠男総長のもとで、積極的な教學改革が実施され、本學は、戦後長く続いた6學部から現在では15學部を擁する大學へと発展した。
これらの歴史を振り返ってみると、その基礎には「自由」「獨立」「進取」「國際的な姿勢」そして「社會の公正さへの強い意識」があり、個人の問題だけでなく、社會に対して開かれた思想が一貫していたということができる。しかし同時に、1960年代に提起された學生の急増による教育研究體制の課題は根本的には解決されず、主體的な學びや、自ら考える市民の育成が、必ずしも意識的組織的になされてきたとはいえない。學生數、學部數の増加が、ブランドイメージの拡散や、本學らしい特徴の希薄化を生み出した面もあったのである。

法政大學は、現在は學生生徒等の學納金に支えられている大規模大學である。少子高齢化に向かう今日、単に學生數という「量の問題」に固執するのであれば、質への道は見いだせない。一方、政府からの助成は基盤的経費助成から競爭的助成に比重を移しつつあるが、大學運営上、その競爭的傾向を視野に入れないわけにはいかない。しかしながら、その施策に乗り続けるだけでは、法政大學の特徴は失われる。いまわれわれは教育の質を確保しつつ、本學獨自の道を創造する必要に迫られている。
そこで法政大學は、次の時代のためにミッションを見直し、それに沿った改革のためにビジョンを制定することとした。以下に、ミッションの意図を述べる。

ミッション1について

法政大學には、長い歴史を経て受け継いできた精神がある。それが「自由と進歩」だ。この精神は、どれほど時代が変化しようと価値を失わない。なぜなら、常に「現在」を問い直し、困難な時代狀況のなかであきらめずに新しい社會を構築するには、なによりも個々の人間あるいは組織が、時代の大きな力から自由であらねばならないからだ。
新しい時代を構築するのは、主體的かつ自立的に自らの力でものごとを考え、多様な立場に立って公正な判斷を行うことができる人であり、その上で新たな価値を創造できる人である。このような姿勢をもち、理想を実踐することのできる知性を身に付けた者が、真の意味での「市民」である。
「市民」には歴史上、さまざまな意味が付與されてきた。しかしここでは、國家を超えて地域社會および世界の多様な人々を視野に入れることのできる人、私的な利害あるいは消費への関心だけでなく、社會と自分との関係を見據えることのできる人、そこに自らの役割を創造できる人を「市民」と定義している。21世紀の社會は何より、その意味における市民の力を必要としている。
法政大學は、世界のどこにおいても自由を生き抜こうとする市民を育てる大學である。そのためには、能動的に學ぶことができる教育環境が必須であり、法政大學はそのような教育環境の整備に盡力する。
それぞれの専門的な教育は、この基盤とともに身に付けることではじめて生かされる。専門のみに精通して市民としての判斷力を持たないことは、かえって社會に対する害となる。人間としての格と視野の広さと専門的知識?技能がともに備わることで、「人格なき學識」「人間性なき科學」に陥ることなく、生きることが可能になる。

ミッション2について

研究においては、「進取の気象」がなくてはならない。研究は今や日本社會を超え、世界各國と結び付きながら世界の課題を解決する段階に來ている。未來を見通し、真理を探究する基礎研究の基盤を確保しながら、世界の課題の解決に資する実踐知に基づく研究を、大學は支援する。
真に最先端の研究とは目先の利益を目的とする研究ではなく、世界が抱える課題を解決しようとする研究であり、社會の諸組織とともに時代を先取りし、未來を切り開いていく研究である。法政大學が掲げる「進取の気象」は、研究への姿勢においてこそ発揮される。

ミッション3について

「自由と進歩」を常に念頭に置いた教育と、「進取の気象」で取り組む研究がめざすものは、「持続可能な地球社會の構築」である。
地球社會の持続のためには、人間社會が変わらなければならない。まず、自然現象や生態系のさらなる研究と解明が必要である。同時に思想や価値観の転換が求められる。そのためには、人文科學、社會科學、自然科學が、どれひとつ欠けることなく一層連攜した、総合的な知が必要とされる。生態學的な生物多様性、生態學的に物質循環を考慮したエネルギー政策、國や地域を超える新しい価値観の創出、コミュニティの再構築、地域における文化の多様性を重視することなどが、持続可能な地球社會の構築につながるのである。
自然、社會、文化の持続可能性は、世界の教育?研究がともにめざすべきものであり、法政大學はその一翼を擔うことで地球社會に貢獻する。

法政大學のビジョン

本學は,理想に向かって主體的かつ能動的に活躍する,自由を生き抜く市民を輩出する大學として,世界における市民教育の拠點となる。また,各分野における真摯な基礎研究とともに,課題解決に向けた実踐的な研究成果を上げ,民主的で力強い持続可能社會を創造する源泉となる。2030年を目標に,これらの実現を目指す。

以下に,「教育」「研究」「社會貢獻」のビジョンを設定する。

教育のビジョン

主體性,能動性,創造性,思考力,判斷力,実行力の育成を目指し,そのために,各々の専門教育との関連性をもって,論理的分析的思考力,日本語,外國語,メディア?リテラシー及び広い人間理解を身に付ける。

  1. キャンパスの有機的連関を基盤にした総合大學になる
    総合大學として,學生が自らの専門分野を基軸としつつも,自然科學,人文科學,社會科學を橫斷して學ぶことができるよう,履修の柔軟性,學年暦の利便性,そしてキャンパスの有機的な連関を図る。
  2. 充実した「學び」により自律性を涵養する市民教育の拠點になる
    教員は「教える」教育から「能力を引き出して育てる」教育に移行する。學生は學修ポートフォリオを構築するなど,自らの學びを設計し目標を立てる自律性を身につけていく。これらを通して,學生が「教わる」大學から,自らの成長を実感できる「學ぶ」大學に移行する。
  3. 地域の多様性が有する価値を熟知しつつ,グローバルに思考する能力を育てる
    グローバルな視點をもちつつ,地域社會の価値への深い認識が育つことを目標とし,全ての學生が,異なる価値観や文化,生活に直接觸れる「グローバル體験」を持つことができる仕組みをつくる。
  4. 持続可能な地球社會の構築を目指す教育の拠點になる
    公正な社會の実現?持続や,生物?文化の多様性を持続するために,人文科學,社會科學,自然科學などの基礎學問と,その応用との関係を學び,それぞれの學問分野の関連を理解できる,文理融合型の「SDGs+プログラム」科目を全學部の學生が履修できる仕組みを作るなど,「持続可能な地球社會の構築」に貢獻する學生を育てる。
  5. 世界中の人々が,日本を総合的に學ぶ場となる
    世界中の人々が日本の文化,歴史,社會,技術を総合的に學ぶことができるよう,國際日本學の教育研究環境を一層整備する。

研究のビジョン

持続可能な地球社會の構築に関連する基礎研究を基盤に,新しい実踐知の創造と提唱を目指し,數多くの質の高い成果を出す。

  1. 持続可能な地球社會の構築を目指す研究の世界的拠點となる
    人文?社會?自然諸科學による持続可能社會を目指した研究を統合し,國內及び世界的規模のサステイナブル研究の拠點となることで,世界の研究界に一定の地位を占める。
  2. 國際的評価を有するユニークな研究拠點のさらなる発展を図る
    能楽研究所,沖縄文化研究所,大原社會問題研究所,國際日本學研究所,統計研究所など,當該分野における研究拠點として國內外から評価される研究所のさらなる発展を図り,世界に向けてその価値と意味を発信し,國際ネットワークを広げる。
  3. 持続可能な地球社會の構築に貢獻する基礎研究に力を入れる
    新しい実踐知を生み出していく土壌となる基礎研究に力を入れ,持続可能な地球社會の構築に貢獻する。
  4. 実踐知を生かした応用研究分野で世界を牽引する
    実踐知を生かすことのできる複數の重點研究を大學として支援し,世界に貢獻できる応用研究分野の先頭に立つ。
  5. 課題解決の研究拠點から,有為な研究者を輩出する
    課題解決の研究拠點と密接なかかわりをもつ大學院學生を増やし,大學院を有為な研究者が育つ教育研究組織として強化する。

社會貢獻のビジョン

法政大學は社會人の學びの場としてのフロントランナーであるが,今後は大學院を中心に一層,その機能を高め,社會全體の市民教育に貢獻し,民主的で力強い持続可能社會を創造する。

  1. 「持続可能な地球社會の構築」の社會におけるセンターとなる
    研究成果を生かして課題解決を擔うことができるよう,研究の応用力によって,新しい時代を目指す外部諸組織との協力関係を拡大する。そのことによって,教育及び研究の目標として掲げた「持続可能な地球社會の構築」を社會に浸透させる推進拠點となる。
  2. 「持続可能な地球社會の構築」への提案を発信するためのセンターとなる
    社會における諸組織との関係を擔う推進拠點となるために,本學は基礎研究を擔いつつも,社會のなかで常に新しい研究上の提案をし続ける実踐知の発信センターの役割を果たす。
  3. 地域の力を引き出す大學となる
    地域の活性化なしに日本の未來はない。多様な學生が集まり,卒業生たちがさらに広く地域の力になれるよう,その方法を學ぶことができる大學となる。
  4. 世界中の人々が,高度な市民教育を受けられる場となる
    大學院,學部ともに社會人がアクセスしやすい履修環境を整え,自立した市民を育てる生涯教育の拠點とする。また,さまざまな方法で,地球上のどこにいても法政大學の教員や學生,卒業生から學び,議論が展開できる環境づくりを目指す。
  5. 學生のピアサポートと校友ネットワークを世界的に展開する
    學生同士のピアサポートと卒業生による校友ネットワークを,年齢,性別,國籍,民族の違いを超えた,開かれたコミュニティとして,世界的に展開する。

理念?目的

1880年,自由民権運動が高揚する時代,法政大學は権利の意識にめざめ法律の知識を求める多くの市井の人びとのために,私立法學校(東京法學社)として設立された。その後,人びとの権利を重んじ,多様性を認めあう「自由な學風」と,なにものにもとらわれることなく公正な社會の実現を目指す「進取の気象」とを,育んできた。

戦後においても「獨立自由な人格の形成」「學問を通じたヒューマニティの昂揚」「日本人の社會生活の向上に寄與する人材の育成」(元総長大內兵衛による「われらの願い」)という指針を定め,その學風を「自由と進歩」としてきた。

今日,法政大學は従來の「自由と進歩」を「自由を生き抜く実踐知」と表現し,大學憲章を掲げている。

ここでいう「実踐知」とは,人間が目標にすべき価値を考え,それを現場で実現する方法を探求する知性である。本學では在學生?卒業生が,常に社會や人のために考え行動できる,自立した真の自由を生き抜こうとする自立した市民に育つことを,第一の教育理念にしている。さらに,地域から世界まであらゆる立場の人びとへの共感に基づく健全な批判精神をもち,現場において社會の課題解決につながる「実踐知」を創出しつづける能力を育むことを,第二の教育理念にしているのである。

各學部?研究科?通信教育課程の理念

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